麻酔薬の一種
のこと。
麻酔薬の分類としては、アリルシクロヘキシルアミン系の解離性麻酔薬※である。
(※脳内で麻酔が作用する部分(大脳皮質)と作用しない部分(大脳辺縁系)に分かれる麻酔薬。副作用で幻覚を見ることがあり、目が覚めた時に現実からの解離を感じるため、解離性麻酔薬という名称になっている。)
ケタミンは、脳内の中枢神経系のシナプス後膜にある「NMDA受容体」に働き、興奮性神経伝達をブロックすることで催眠状態を誘発し、睡眠・鎮痛・鎮静といった効果を促す。
日本では、後述の理由で麻薬に指定されており、厳しく制限されているため、一般的には使用できない。
(臨床実験等の研究は行われている。)
近年では、米国の人気ドラマ「フレンズ」に出演していた俳優のマシュー・ペリー氏(2023年10月28日死去)の死因のひとつとして「ケタミンの急性作用※」があったことが判明したことから、大手検索エンジンにおいて、キーワード「ケタミン」の検索ボリュームが上昇傾向となったことがある。
(※ペリー氏の直接の死因は溺死だったが、ケタミンの麻酔作用でジャグジーで意識を失ったと考えられている。)
・ケタミンの誕生と使用
ケタミンは、1962年に米国(USA)の製薬会社パーク・デービス社によって合成され、7年後の1969年に合衆国で商品として承認された。
(当時の商品名は「ケタラール」。)
海外において、主に麻酔・鎮痛薬として使用されるが、頭痛・めまい・幻覚などの副作用もある。
日本においては、ケタミンは低用量では「呼吸停止しにくい」という理由から、他の麻酔薬と比べて安全性が高い麻酔薬として長年使用※されてきた。
(※主に、鎮静作用があるキシラジン(麻酔前投与薬)と合わせて使用する。)
・厚生労働省による麻薬指定
ケタミンには副作用として、ケタミンの効果が切れて目が覚めた時に「夢のような状態・幻覚・興奮・錯乱状態」を引き起こすことがある。
そのため、幻覚剤として使用されるようになり、日本では「K」「スペシャルK」という隠語で呼ばれ、乱用されるようになった。
事態を重く見た厚生労働省は、2007年にケタミンを「麻薬及び向精神薬取締法」で麻薬に指定した。
その影響で、日本の医療において、ケタミンの麻酔薬としてのヒトへの使用ができなくなった。
現在では、代用の麻酔薬として、メデトミジン、ミダゾラム、ブトルファノールを混合した三種混合麻酔薬などが使用されていることが多い。
・海外でのケタミンの評価と抗うつ剤としての使用
一方、海外においては、ケタミンの「抗うつ作用」が評価され、現在でも使用されている。
治療抵抗性の双極性うつ病や、的外傷後ストレス障害(PTSD)の抑うつ症状、強迫性障害 (OCD)において、ケタミンには速攻性・持続性がありかつ強力な抗うつ作用が見られ、症状の重症度を速やかに大きく減少させたという研究報告がある。
また、米国のジョンソン・エンド・ジョンソン社によって、ケタミンから単離されたエスケタミンを使用した点鼻薬が開発され、アメリカ食品医薬品局(FDA)から「治療抵抗性うつ」の画期的治療薬の指定(2013)、「自殺念慮を伴う大うつ病性障害」に対する画期的治療薬の指定(2016)を受けた。
現在、エスケタミンを使用した薬として、うつ病用薬「スプラバート」や麻酔薬「ケタネスト」として販売されている。
・日本でのケタミン臨床実験 エスケタミンの研究
近年では、日本でも抗うつ剤としての臨床研究が行われるようになった。
2022年3月7日から、杏林大学精神科において「治療抵抗性うつ病におけるケタミン初期治療の実行可能性調査」というテーマで臨床実験が開始されている。
また、ヤンセンファーマ株式会社※が、日本国内でエスケタミンを研究している。
(※米ジョンソン・エンド・ジョンソン社の医療用医薬品部門が日本で設立した会社。)
・ケタミンの今後の展望
ケタミンは、麻酔薬、痛みの緩和薬、鎮静剤、抗うつ薬など、さまざまな用途に用いられる可能性を秘めた薬剤である。
特に、抗うつ薬としてのケタミンは、従来の抗うつ薬に比べて、即効性の抗うつ作用があることから、治療抵抗性うつ病や、自殺念慮などの重症うつ病患者の治療に大きな期待が寄せられている。
今後、ケタミンの安全性と有効性がさらに検証され、より広く使用されるようになることが期待されるが、あくまでも設備の整った医療機関での使用であって、一般家庭などで手軽に使用できる薬ではないことは念頭に置いておかなければならない。
関連項目