お金の単位を変えること
を言う。
デノミは英語のデノミネーション(denomination 単位)の略語。
デノミは、国の経済が著しくインフレ化(国内の通貨の過剰化)した時などに行う経済政策のひとつである。
具体的には以下の方法を行う。
- お金のゼロの桁数を減らした
新しい紙幣や貨幣を作り出す。
↓ - 新しい紙幣(貨幣)を古い紙幣(貨幣)と両替する。
↓
- 古い紙幣(貨幣)を使えないようにする。
↓
- 新貨幣(紙幣)の価値そのものは
古いモノと変わらないようにする。
(基本的には単位や表記を変えるだけ)
例えば、10000円札のゼロを2桁減らした新100円札を作る。
↓
その後、旧10000円札から新100円札への両替を銀行などの金融機関で行なう。
(価値が同じということ。)
↓
で、両替可能な期日をつくり、
以後は、旧10000円札を使えないようにする。
こんな感じで、古い紙幣(貨幣)を使えなくして、新しい紙幣(貨幣)に置き換えるのである。
これによって、今まで流通していた古いカネが使えなくなる(お金じゃなくなる)ため、国内のカネの流通量が大幅に減ることになる。
その結果、インフレを抑えることができるというものである。
ただし、デノミにはいくつかの問題点があり、失敗すると、更にインフレ化(ハイパーインフレ)が進んだり、国の経済が破綻することもある。
また、通貨そのものの価値が無くなり、
その国の通貨そのものが使えなくなってしまうという酷い例も、国外では過去にある。
・日本で行われたデノミ
日本ではかつて、デノミが行われたことがあった。
太平洋戦争終戦後間もない頃、食料などの物資そのものの不足が原因で、日本は空前のインフレ状態になった。
そこで日本政府はデノミ政策を行った。
古い円を新しい円に切り替え、同時に“ある方法”も行った。
それはズバリ、
- 預金封鎖
である。
その具体的な方法は以下のとおり。
- まず、国民のお金を銀行に預けさせる。
(古い円は使えなくなるため)
↓ - 次に、国民がお金を引き出す時に、
新しい方の紙幣でお金を出すようにする。
↓
- お金を引き出す際、
一か月に引き出せる金額に上限を設ける。
(上限は、当時のレートで1か月に300円(一世帯あたり))
これらの方法によって、古いお金を回収しつつ、新しいお金を流通させることに成功した。
また、引き出せる金額に上限を設けることで、新しいお金が急激に増えることを抑え、再びインフレ化しないようにした。
しかしながら、新しいお金の発行数が国民の需要に追いつかず、急にお金が必要になった人たちを困らせた時期もあった。
そのため、急きょ対策がとられ、古い紙幣に特別な証紙を貼ることで、古い紙幣を一時的に新しい紙幣として使えるようにしたこともあった。
後述の北朝鮮が2009年に行ったデノミと比べると、日本がかつて行ったデノミの方が遥かに効果的であった。
・北朝鮮で行われたデノミ
2009年11月末に北朝鮮で行われたデノミでは、
両替の量に制限を設ける
といった極端な方法が行われた。
例えば、旧100ウォン札から新1ウォン札への両替をする際に、「10万ウォン分しか両替できません」などといった制限を設けた。
つまり、旧紙幣を“強制的に少ししか両替できなくして使えなくした”のである。
しかも、両替の期限は一週間という、非常に短い期間しかなかった。
この政策によって、北朝鮮の通貨量が一気に減り過ぎてしまったため、北朝鮮の経済は大混乱に陥り、脱北者数増加の助長と国力そのものの低下に拍車をかけた。
よって、このデノミを行った、当時の北朝鮮労働党の計画財政部長の朴南基(パク ナムギ)氏は、責任を問われて銃殺刑にされた。
国からの指示でやったにも関わらず、彼の末路が銃殺刑とは、非人道的過ぎる処遇と言わざるを得ない。
・ジンバブエドルの破綻
デノミで有名なのがジンバブエである。
ジンバブエは、2000年代に当時の大統領だったロバート・ムガらが行った政策の失敗で、急激なインフレが始まった。
インフレを解消しようと、デノミを繰り返したが、新紙幣の流通を早めようとして大量に発行することをくり返したため、結局インフレを悪化させる結果になった。
また、ジンバブエという国自体が根本的に物資不足の状態だった。
(白人を迫害・追放して白人の生産技術が失われ、物資そのものの普及が激減していた。)
そんな状態が国内で続いていたため、インフレ化に歯止めをかけることができなかった。
しかも、国内の治安悪化と世界各国からの非難もあり、ジンバブエの通貨であるジンバブエドルは国際社会から信用を無くし、外貨に押されて価値を急激に落としていった。
その結果、2008年の時点では、220万%のハイパーインフレを記録した。
その当時のジンバブエドルのレートは、
- 100兆ジンバブエドル≒30円
といった凄まじいものだった。
あまりの価値の低さに、ジンバブエは自国ドルの放棄を決定し、2015年にジンバブエドルは廃止された。